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横浜地方裁判所 昭和45年(ワ)1715号 判決

原告

森田勉

ほか一名

被告

旭興業株式会社

主文

被告は原告らに対して各金四、二九五、五一一円及びこれらに対する昭和四五年一〇月三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の各請求はいずれも棄却する。

訴訟費用については、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告らに対して各金七、七七七、六八二円及びこれに対する昭和四五年一〇月三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  被告は、土木建築請負並びに貨物自動車運送を営むものであり、原告らは浴場業を営んでいた訴外森田清作(亡清作という)の相続人であり、原告森田勉(原告勉という)は長男、原告中岩礼子(原告礼子という)は長女である。

二  昭和四四年八月一日午前一〇時四〇分頃、被告所有にかかる大型貨物自動車(横浜一き五、二二八号、被告車という)を運転していた被告の従業員訴外石井は、横浜市保土ケ谷区星川町三丁目四五四番地先相模鉄道線踏切にさしかかつた。

本件交通事故の発生した道路は、かなり狭くて見透も悪く、踏切部分及びその前方が狭くなつている。しかも、折からの激しい降雨によつて、踏切内に冠水状態が生じ、踏切の先方には材木等が流出し、更にこの道路に沿つて工事中の溝があり、肩崩れ等の危険性が予想され、加えて前方には大型通行禁止の標識があつた。

訴外石井は被告車を本件踏切上で一たん停止したところ、その前後に踏切設置の警鐘がなりはじめた。

かかる場合には、前方には前記の障害があつて難行が予想され、後方には後続車がなかつたのであるから、自動車運転者たる者は特段の事情のない限り助手の誘導によつて車を後進させるべきであるのに、訴外石井は被告車を助手の誘導もなく無理に前進させたため遮断機が被告車にかかつた。

そのとき、たまたまその場に居合わせた亡清作がこれをとりはずそうとしていた瞬間、横浜発海老名行の相鉄線急行電車が突入衝突し、亡清作は翌八月二日午後一一時三〇分頭蓋骨骨折等の原因で死亡した。

仮りに、亡清作が何か合図するような行動をとり、これを訴外石井が誤信して被告車を停車したとしても、

1  亡清作は、路上中央に立つて被告車の進行を妨害していたのではないから、訴外石井は踏切上から直ちに被告車を発進させ電車との衝突を避けるべきであつた。

2  また、被告車に遮断機がかかり、仮に亡清作がこれをとり除こうとしていたとしても、遮断機を折つても突嗟に直進し電車との衝突を回避すべきであつた。

しかるに、訴外石井は助手をして遮断機をとりはずさせており、これは、遮断機をとりはずすことが、事故を防止するものと、判断していたことを意味する。従つて、亡清作の前記行動があつても訴外石井の過失は明白である。

三  被告は、亡清作の死亡に関して生じた損害につき、自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条並びに自己の従業員が業務の執行につき同人に与えた損害として、いずれもこれが賠償に応じる義務がある。

四  損害

1  医療関係費 金一〇八、二六〇円

2  葬儀費用 金一、六三〇、九〇三円

3  逸失利益

(一)  亡清作が、有限会社森田商会より受けていた昭和四三年度の給与所得金八七〇、〇〇〇円から税額を控除した金八三六、二〇〇円、これから同人の生活費三〇パーセントを控除すると、亡清作の年間純益は金五八五、三四〇円である。

同族会社である有限会社森田商会は、その実質は亡清作の経営していた浴場業であるので、同人の可能稼働年数は余命年数に等しいから、事故当時六四才であつた同人の余命年数一三・〇五年(このホフマン式計算の係数は九・八二一)をかけると金五、七四八、五〇四円となる。

(二)  亡清作の得べかりし利益には、右給与所得のほかに、有限会社森田商会の法人所得が加算されなければならない。昭和四四年度二期決算期の法人税等を控除したのちの同会社の利益は、金六二六、六〇八円であるから、これに前記係数をかければ、金六、一五三、九一七円となる。

(三)  休業損

一日の収入が金二〇、〇〇〇円であり、五日間休業したのであるから、その合計は金一〇〇、〇〇〇円である。

以上合計金一四、六四一、五八四円

4  慰藉料 金四、〇〇〇、〇〇〇円

5  損益相殺

以上合計金一八、六四一、五八四円から既に自動車損害賠償保険法(自賠保険という)の給付により受領した金三、〇八六、二二〇円を控除すれば、残額は金一五、五五五、三六四円となる。

五  原告両名は、亡清作に生じた右損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

六  よつて、原告らは被告に対して各金七、七七七、六八二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年一〇月三日より支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだものである。

七  原告らの主張に反する被告の主張はすべて争うと述べ、更に次のとおり付陳した。

1  被告の主張する因果関係について。

この点について、被告は過失論と因果関係論とを混同している。いずれにせよ、所謂自賠法第三条の「運行によつて」の解釈については、「運行に因つて」と解する説と「運行に依つて」と解する説があるが、現在の通説は後者である。従つて、後説の「運行に依つて」と解する説をとれば本件は因果関係が明らかであるので問題はない。仮に、前説をとつても、本件には相当因果関係が存在する。本件は、被告車が路上に放置・駐車してあつたところに第三者が衝突し発生した場合と全く異る。

第一に、本件は訴外石井運転手がまさに被告車を運行中事故が発生したものである。

第二に、成程本件交通事故は電車との衝突によつて発生したものであるが、その前提として訴外石井運転手の踏切上の一たん停止がある。これが原因として事故が発生したのである。この停止がなかつたなら事故は発生しなかつたのである。従つて、過失の有無は別論として因果関係はある。

第三に、踏切の中央に停止し、電車が急迫しているという特殊な条件の下では、被告車を直ちに後進させ線路上から離脱しないかぎり、電車との衝突により車両周辺の人に傷害を与える蓋然性のあることは通常人の認識し得るところである。従つて、その因果関係に「相当性」あること明白である。

2  過失相殺の主張について。

亡清作が遮断機とりはずしの行動をとつたとき、訴外二見、同中務助手も共同して行つている。このことは、第一に、訴外石井が実際はこれを制止しなかつたことを意味し、第二に、とりはずしの行為を肯認していたこととなる。第三に、関係人は、事故発生の直前まで、とりはずしによつて事故が防止できるものと判断していたに外ならない。そうでなければ訴外石井を含めた四名のうち一名位は逃げているであろう。従つて、このような状況をもつて亡清作に過失があるということはできない。

過失相殺は、社会に生じる損害の公平妥当なる負担、分配を図る制度として、衡平法的根拠から制定されたものである。一定の現実的被害が発生しているとしても、加害者のみにそれを帰せしめるに不相当な事情(被害者の加害行為誘発とか、不注意による損害拡大等)がある場合、これを斟酌し、もつて公平を帰そうとするところにある。換言すると、被害者に一定の反社会的態度、社会共同生活者としての責任に欠ける行動があつた場合の禁反言的原理である。

本件の場合、亡清作のとつた行為は、もともと加害者のための事故発生の防止、及び社会一般に生じる損害、この事故は電車の乗客および近隣家屋に対する損害も予想されたので、これらを防止するため、緊急やむを得ずしてとつた社会的正当行為である。

すなわち、本来被告側に過失行為があるに拘らず、むしろ被告のためにこれを防止することを目的とした行為であり、かつこの目的のために相当な程度のものであつたのであるから、かかる場合に過失相殺を適用することは制度本来の衡平の原則に反する。ちなみに亡清作は、星川町三丁目自治会会長、および、保土ケ谷安全協会の役員を兼ね、永年日夜にわたり私利をはなれ、町内の安全対策に奉仕してきたものであり、数度にわたり表彰を受けているものであることを付言する。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一  原告ら主張の請求原因事実中、被告が貨物自動車の運送業を営むもの、原告らが浴場経営を営んでいた亡清作の相続人で、原告勉が長男、同礼子が長女であること、原告ら主張の日時、被告の従業員訴外石井が被告車を運転し、相模鉄道線路上に停車していたところへ、横浜発海老名行の相鉄線急行電車が突入してきて衝突し、亡清作は、はねとばされた被告車と頭部を強打して、頭蓋骨骨折等の原因で死亡したこと、原告らが自賠保険から金三、〇八六、二二〇円を受領したことはこれを認めるが、その余はすべて争う。

二  亡清作の死亡と被告車の運行との間に相当因果関係がない。被告の従業員訴外石井は、被告車の助手席に訴外中務を同乗させて運転し、峰岡町から明神台に向うため本件踏切にさしかかつた。本件踏切は、通称星川三号踏切といい、峰岡町と明神台を結ぶ道路と相模鉄道とが交差するもので、警手のいない警報機と竹棒の遮断機があり、道路幅員六米、線路幅員六・五米である。

訴外石井は、踏切手前で一旦停車し、踏切内に約一米程進入したとき警報機が鳴りはじめ、更に進行して明神台側の線路(下り線)に差しかかつたところ、黒の雨合羽を着て、白と緑の交通腕章を着装した亡清作が手をあげて呼んでいた動作を、降雨中でもあつたので一時停止の合図と誤解し、急拠一時停止した。

間もなく遮断機が右側から下り運転台前面のガラスに当つたが、訴外中務が「出ちやえ」と強行突破を指示したので発進しかけたところ、亡清作が被告車の車体の前面で遮断機の棒を鳶口でもつて押し上げようとしたが、車体の高さまで上らず、訴外中務も運転台の屋根にのぼり遮断機を持ちあげようと試みた。その間訴外石井は電車の進行をおそれ、発進の妨げとなる亡清作に対して窓から「どけ」と叫んだが、折柄の降雨と作業に気をとられている亡清作には伝わらなかつた。そのうち、遮断機が上りはじめ、亡清作が右端に移動しはじめたので、急拠発進したが一瞬間に合わず、被告車の後部が電車と激突した。被告車は、右激突の衝動で車体が前面にはじきとび、付近のコンクリートの柱に当つて停車したが、その際に亡清作は車体と接触して死亡したのである。

右のように、亡清作は遮断機を上げる作業に従事中、電車が被告車に激突し、これによつてはじきとばされた被告車と接触して死亡したものである。そして、亡清作の作業がなければ、電車の進来前に強行突破することによつて、事故の発生を防止し得たのである。

即ち、本件死亡事故は、被告車の進行に際し発生したものであつても、自賠法第三条のその運行によつて死亡したものではない。

被告車の運行と関係なく、かつ、被告に対して義務的でない単なる好意的な前記の作業中、亡清作は、警報機が鳴り電車が進来してその危険であることを予知しながら、被告車の前面で作業を続け、これが発進の時機を遅らせた亡清作の重大な過失ある行動によつて発生したものである。

一方、訴外石井としても、亡清作が作業中では強行突破もならず、「どけ」と叫んでも伝達しないとすれば、被告車から降りて亡清作を腕力で排除し得た余裕があつたかどうかである。凡そ警報機が鳴つても直ちに電車が進来するものでないことは経験則上明らかであり、助手である訴外中務もその作業に従事しているとせば、訴外石井としては被告車を放置したまま早機に逃避するのは、車体を大破することとなり、会社の従業員として、その責任を問われるおそれがあるので、ぎりぎりの瞬間まで車両ごと脱出を試みるのも通常人として已むを得ないので、斯様な緊迫した状況下で適確な判断を要求することは不可能というべきであろう。

三  仮りに被告に責任があるとしても、亡清作に重大な過失があるから九〇パーセントの過失相殺を相当とする。

蓋し、警報機が鳴つているから、電車が間もなく進来し、踏切上の被告車と接触すれば、被告車の近辺で作業中の者に何らかの損害を与えるであろうことは明らかに予想できる。

従つて、信号機のある交差点で歩行者の信号が赤を表示している場合に車道を横断する歩行者の過失割合に準拠して考えるのが相当である。

四  なお、被告は香典として金五〇、〇〇〇円を原告らに提供したので、これが金額をも損益相殺すべきである。〔証拠関係略〕

理由

一  原告らの主張する日時、被告の従業員訴外石井が、被告車を運転して相模鉄道本件踏切上で停車していたところへ横浜発海老名行の相模鉄道急行電車が衝突し、そのはずみで亡清作がはねとばされ、被告車に頭部を強打し、頭蓋骨骨折等によつて死亡したことは当事者間に争いがない。

二  本件踏切及び付近の状況

〔証拠略〕によると次の事実を認めることができる。

1  本件踏切は、峰岡町と明神台を結ぶ幅員六米、アスフアルト舗装の道路と、相模鉄道とが交差する警報機と竹竿の遮断機の設置された警手のいない踏切である。

2  右警報機は、電車が六七七米前方に達した頃から警報をはじめ、その警報する秒数は四〇秒から四五秒間である。また、警報がはじまつてから八秒後に遮断機が降りはじめ、五秒から六秒で完全に閉じ終るものであること。

3  本件踏切内は、アスフアルトで舗装されているが、五〇糎四方の穴が数ケ所にあり、本件交通事故発生当時雨が強く降つていたため、踏切りの南の明神台側の道路から踏切の中央部迄冠水していた。

4  本件踏切の明神台側の道路は、道路右側(海老名方面)に下水管を入れる工事のため堀削されており、その上前記降雨のため三〇糎位冠水し、道路に置いてあつた工事用の角材(三寸角のもの)四、五本が踏切に流れこみ、工事担当者がこれを踏切外にとり除いたりしていて、道路の形状が不明確になつていた。

三  訴外石井の過失

1  〔証拠略〕すると次の事実を認定することができこれを覆えすに足る証拠もない。

(一)  訴外石井は本件踏切の手前で被告車を一時停車し、左右の安全を確認したところ、走つてくる電車もなく、警報機も鳴つていなかつたので踏切りを横切るべく発進した。ところが、被告車の先端が踏切に入つた途端に警報機が鳴り出したので、前進しようか後退しようかと迷い、ブレーキを踏んで被告車の先端が踏切のほぼ中央付近に到達したところで停車した。

(二)  その際後続車はなかつたのであるが、訴外石井は、後続車の確認を怠り、もしも後続車があつて後退して衝突してはいけないと考え前進することにした。その頃本件踏切には、被告車進行方向にあたる明神台側の道路から、相当量の雨水が流れ込んでいて道路の形状が明確でなかつた。訴外石井は雨水にかくれた障害物や路肩のくずれを警戒して、アクセルを強く踏まず普通の強さで踏み、時速二ないし三粁で前進し、明神台側の遮断機のすぐ近くまで接近したとき、雨衣に青い腕章を着用した亡清作が右手をあげて何か言つているのを見て警官に叱られたものと誤信して驚いて急ブレーキをかけ再び停車した。

(三)  すると、遮断機が降りてきて、被告車のフロントガラスにあたりながら下まで完全に閉鎖してしまつた。そのとき助手席に乗つていた訴外中務(大型貨物自動車の運転手であるが、運転しないときは助手の職務に従事していた)が、「でちやえ」と言つたので発進しようとしたが、亡清作が被告車の右前で遮断機の竿を鳶口でもつてあげはじめ、訴外中務も運転台の屋根にのぼつて竿をひきあげようとしていたので、暫時発進を見合わせ、訴外中務が遮断機の竿をもちあげるや否や急遽発進したが間に合わず被告車の後部に電車が衝突したものである。

2  自動車の運転者たる者は、右に述べたような状況にある本件踏切にさしかかり、踏切に入つた途端に警報機が鳴り出した場合においては、後続車がなくて後退できるときは速かに停車して後退し、後続車があつて後退が困難なときは助手の誘導によつて前進して速かに踏切の横断をおわり、以て接近する電車との衝突を未然に防止する注意義務があるものと解される。

しかるに、右認定事実によると、当時後続車がなくて容易に後退できた情況にあつたにもかかわらず、訴外石井は後続車の有無の確認を怠り漫然と前進したのであるからこれに過失のあること明らかである。

四  相当因果関係の有無

被告は、亡清作は遮断機をあげる作業に従事中、電車が被告車に激突し、これによつてはじき飛ばされた被告車に接触して死亡したものであるから、亡清作の死亡は、被告車の運行に際し発生したものであつても、自賠法第三条のその運行によつて発生したものではない。従つて、それは被告車の運行とは関係がなく相当因果関係がない旨主張する。

しかしながら、自賠法第三条にいう「その運行によつて」とは、「その運行に際して」と解するを相当とするから相当因果関係は存在するものと言わなければならない。よつて、この点に関する被告の主張の理由がない。

五  不可抗力の抗弁

訴外石井は、被告車の前面で亡清作が夢中で遮断機の竿をもち上げようとして「どけ」と叫んでも聞えなかつたし、助手の訴外中務も被告車の屋根の上でこれが竿を引き上げようとしていた状況においては、竿のあがるぎりぎりの瞬間まで待つて脱出せざるを得なかつた。これは通常人として止むを得ないところであるから、訴外石井にとつては本件交通事故を回避することは不可能であつた旨主張する。

しかしながら、交通事故が不可抗力によるものであるかどうかは、事故発生の蓋然性のあるいわゆる「危険な状態」に入つてから事故が発生する迄の間、具体的行為の各段階に応じて、それぞれ結果発生を回避するための注意義務が遵守されたかどうか検討されるべきであつて、最後の決行的な段階においてのみ回避できなかつたことを主張しても、不可抗力を正当化する理由とはならないものと言うべきである。

前示のとおり、被告車が踏切に入つた途端に警報機が鳴り出したのであるから、いわゆる「危険な状態」に入つたものと云うべきである。従つてこの段階において、後退するか、助手の誘導によつて前進すれば、本件交通事故は容易に回避することができたのであるから、被告の不可抗力の抗弁は採用の限りでない。

六  過失相殺に対する判断

被告は、亡清作が警報機が鳴り電車が近接して被告車と衝突する危険が十分にあることを予知しながら、被告車の前面で作業を続け、もつて被告車が発進して踏切を脱出する時機を遅らせた重大な過失があるから、過失相殺がなさるべきものであると主張する。

しかしながら、被告が主張するように、亡清作が被告車の前面において遮断機の竿を上げる作業を続け、これによつて被告車が前進できなかつたとしても前記認定のように、

1  亡清作が遮断機の竿をもち上げる作業をしていたのは、最後の決定的段階であつて、もしも以前の段階において、訴外石井が被告車を助手の誘導によつて後退させるか、或は前進させていたならば、遮断機の竿を持ち上げる事態には至らなかつたものである。

2  訴外石井が、たとえ遮断機の竿を折つても前進して踏切から脱出する決意があれば、訴外中務を被告車の運転台の屋根にのぼらせず、直ちに降車させてその旨を亡清作に伝え脱出をはかるべきである。ところが、訴外中務も運転台の屋根にのぼつて、亡清作の上げた竿をひきあげようとしていたのであるから、この時に至つて、被告の主張するように、訴外石井が亡清作に対して窓から「どけ」と叫んだとしても、その時機はすでに遅く、かつ又亡清作に前進を伝える方法としても適切でない。

3  亡清作の行為は、事故発生防止のため全く好意的になされたものである。

従つて、これらの事情からすると、亡清作の行為にいくらかの過失が認められるとしても、これを過失相殺に斟酌すべき場合には該当しないものと解する。

よつて、被告の過失相殺の抗弁もまた採用できない。

七  責任原因

被告が貨物自動車運送業を営むものであり、その従業員である訴外石井が被告所有の被告車を運転中本件交通事故を惹起したことは当事者間に争いがない。また〔証拠略〕によると、訴外石井は被告の業務執行中本件交通事故を惹起したものと認められるから、被告は自賠法第三条、民法第七一五条によつて原告らの被つた後記損害を賠償する責に任じなければならない。

八  損害

1  医療並に葬儀関係費用

弁論の全趣旨からすると、亡清作の医療費は金一〇八、二六〇円、葬儀関係費用は金四五〇、〇〇〇円が相当と認められる。

2  逸失利益

(一)  〔証拠略〕によると、有限会社森田商会はその実質は亡清作の経営する事業で、法人とは名ばかりの俗にいう個人会社であり、亡清作と経済的に同一のものであることが認められる。

そうすると、有限会社森田商会の損害は亡清作が死亡する迄は同人の損害ということになる。本訴請求は、亡清作の損害を、同人の給与所得と有限会社森田商会の法人所得との二つの損害に分けて請求しているのであるから、被告は右二つの損害についてこれが賠償の責に任じなければならない。

(二)  〔証拠略〕とによると、亡清作が有限会社森田商会から受けていた昭和四三年度の給与所得は、税額を控除して金八三六、二〇〇円であり、同人の年間生活費がその三〇パーセントであることが認められるから、亡清作の年間給与所得純益は金五八五、三四〇円となる。

又、〔証拠略〕によると亡清作の死亡時の年令は六四年と認められるから同人の就労可能年数は六・二年と解するのが相当である。

従つて、ホフマン式計算によつて視価を算出すると、金三、四三八、二八七円(円以下切捨)となる。

金585,340円×5.874(62年に対応するホフマン式計算の係数)=金3,438,287円(円以下切捨)

(三)  〔証拠略〕によると、同年度の法人税等を控除した後の有限会社森田商会の年間純益は金六二六、六〇八円であることが認められる。よつて就労可能年数を六・二年とし、ホフマン式計算によつて現価を算出すると金三、六八〇、六九五円(円以下切捨)となる。

金626,608円×5.874(前同様のホフマン式計算の係数)=金3,680,695円(円以下切捨)

(四)  原告らは休業損として金一〇〇、〇〇〇円を請求するが、亡清作死亡後の休業損は同人の損害とならないからこれを認容することはできない。

3  慰藉料

本件交通事故の原因態様、その他諸般の事情を斟酌すると、亡清作に対する慰藉料の額は金四、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

4  損益相殺

以上亡清作の損害額の合計は金一一、六七七、二四二円となる。しかして、原告らが自賠責保険から金三、〇八六、二二〇円を受領したことは当事者間に争いがないのでこれを控除すると、残額は金八、五九一、〇二二円となる。被告は香典の金五〇、〇〇〇円をも損益相殺すべきものと主張するが、その金額の程度からして、慰藉料の内払と見るべきでなく、むしろ儀札的、道義的贈与と解されるから損益相殺をしない。

九  相続

原告らが亡清作の相続人であつて、原告勉が長男、同礼子が長女であることは当事者間に争いがない。そして弁論の全趣旨からすると、原告両名は、亡清作に生じた右損害賠償請求権金八、五九一、〇二二円のそれぞれ二分の一にあたる金四、二九五、五一一円を相続したことが認められる。

一〇  よつて、被告は原告らに対して各金四、二九五、五一一円及びこれらに対する本件訴状送達の翌日である昭和四五年一〇月三日より支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をしなければならない。

よつて、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとする。訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を夫々適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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